越中冨山「紫紺の集い」に
越後湯沢から特急で2時間、右側に日本海を眺めながら富山駅に到着。ぼくは9月26~27日、富山市でひらかれた「第45回明治大学全国交友富山大会」に参加した。
富山市は人口42万人。平成17年4月に7市町村が合併し、その面積は1,241k㎡。なんと所沢市の17倍の広さになる。駅前にはいくつもの大きなホテル、昔ながらの路面電車。さらに駅北口には、平成18年に開業した2両編成のしゃれた次世代型路面電車・ライトレールが走っている。
26日の前夜祭。ホテルの宴会場には全国の交友が集まっている。ちなみに所沢市は都心に近いため小さなホテル、宴会場しかない。宿泊設備が少ないため全国的な集会には苦労している。
ちんどん屋がにぎやかに校歌を演奏。地元富山県支部の歓迎あいさつの後、会場はわきあいあい明治一色に。まずはお隣の人に声をかけた。飯能市から来たというNさん。昭和17年卒というからぼくが生まれる前の卒業生だ。大会名簿をみると埼玉県から56人が出席している。
27日午後1時から冨山県民会館で1300人の交友が参加して大会がひらかれた。記念式典はNHKアナウンサーの石澤典夫(s51年卒)さんの司会で始まった。
地元の松原実行委員長が「全国各地から、また韓国から韓国支部の人たちを含めて大会がひらかれるのは大きな喜び。ぜひ紫紺の旗の下、交友の輪を拡げてほしい。今晩この富山でたくさんお金を落としてください(笑い)」と歓迎のあいさつ。
演壇には大学関係者、富山県知事、富山市長、富山県の東京6大学OB会などが並んでいる。交友の村山富市元総理もいる。校友会の向殿会長は、「このような全国大会は他大学にはありません。明治は一つといいたい。明大の発展のために校友会、父母会などが一つになって努力している。世界に飛び立つ明治にしたい」とあいさつ。
記念イベントは、落語家の立川志の輔師匠(s51年卒)。毎週水曜日の夜、NHK「ためしてガッテン」の司会でもおなじみだ。巧妙な話術に会場は大きな笑いにつつまれた。
夜の懇親会は昨晩とは別の会場。たくさんの参加者で、一つに入りきれず、第二、第三会場ではモニター画面が設置された。来年の開催県は「紅花の山形」。「ござらっしゃい!」と山形県支部のみなさんがはりきっている。
同窓生というのは不思議な力がある。同じ学校にまなんだというだけで、親しみを感じさせる。全国各地から大会にはせ参じる。今回は韓国の交友も同伴者づれで20人が参加している。多様な業種、異年齢でも会話が始まる。
つれあいの当麻よし子市長は昨年発足した「所沢三田会」に所属。ぼくが所属する明大校友会所沢地域支部の総会は10月3日にひらかれる。この席で、つれあいは「これからの所沢」の講演を予定している。さらに10月下旬には、山口中学校の同窓会がある。
中学生の同窓会は何年ぶりだろうか。中学校を卒業して半世紀。みんないろいろな人生経験をしている。なかには物故者もいる。ぼくにとって同窓会で一番なつかしいのは、同じ地域でまなんだ多感な中学生のときの同窓会。「○○君」「○○ちゃん」とよべる同窓生。みなさんの場合はどうであろうか?
話はそれたが、短い富山市滞在中、ぼくは次世代型路面電車・ライトレールに乗って、北前船回船問屋「森家」を訪ねた。富山湾にある回船問屋は、江戸時代から明治時代にかけて、瀬戸内海、日本海、北海道を往来していた。明治時代に建てられた森家もその一つだ。
富山湾の岸壁も散策した。親子づれがたくさん釣りをしている。富山市消防局の船もつながれている。港湾をもつ市の消防船。こんなのにぼくは、つい感心してしまう。
富山市役所の展望台にもでかけた。市役所玄関ホールには、「ようこそ市役所へ。私たちが、責任ある行動でがんばります」と市長ほか幹部の写真が受付脇にはってある。
ひさしぶりの市役所なので、ぐるりと階をまわってみた。どの課にも、課長の写真と席順が表示されている。昨晩お会いした森雅志市長が秋田市を訪問したときに、「これはよい」と一昨年からはじめたという。外来者のぼくは、こんな小さなことに、これまた感心してしまう。
70mの展望台に上ると、曇り日であったが運よく、はるかかなたに北アルプス剣岳などがみえる。ぼくは100年前あの剣岳に登頂し、苦労して測量した映画「剣岳 点の記」を思い出した。それにしても富山市の面積は広い。

