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2009年8月

2009年8月31日 (月)

大地殻変動がおきた総選挙

 昨日投開票がおこなわれた第45回総選挙。日本列島に驚くべき政治の地殻変動がおきた。結果は、「民主308 政権交代」「鳩山首相誕生へ」「自民119 歴史的惨敗」と大きな見出しが躍る。

 8月18日公示直後のマスコミの世論調査では、「民主300~320議席」の予測。終盤になっても、その勢いは衰えなかった。投票前の「週刊朝日」(9/4号)では、「民主ズバリ307」という数字もあった。

 よく選挙中の追い上げというのがある。その努力が逆転し当選したということもある。だが今回の総選挙は、そう簡単にくつがえせるほどの情勢ではなかったといえる。

 4年前、「自民党をぶっ壊す」といって大勝した小泉自民党。その後、総選挙もなく1年ごとにくるくる替わる首相。「いまの政治をなんとかしたい、変えたい」という有権者の判断が投票行動に「民主圧勝」をもたらしたにちがいない。

 昨晩、ぼくは埼玉8区民主党新人の小野塚勝俊事務所にでかけた。事務所は多くのスタッフ、支持者が大型テレビの前にくぎづけされていた。NHKテレビは開票0%でも、ぞくぞく「当確」のテロップを流している。民主党の「当確」がでるたびに拍手がおきる。

 だが、埼玉8区はなかなかでない。ついに「当確」のテロップ。事務所は大きな喜びの万歳三唱がつづいた。当確の報で、37歳の小野塚勝俊さんがやってきた。つれあいの当麻よし子市長もお祝いにかけつけた。多くの支持者やマスコミにかこまれての勝利宣言。

 選挙は結果で明暗がはっきりする。ぼくはいろんな人の当選、落選の場面を何回もみている。今回の歴史的な総選挙では、元首相、閣僚経験者、党首も落選している。

 わが家でもつれあいが、1991年10月の市長選挙、初めて小選挙区制が導入された1996年10月の総選挙(民主党公認)で落選した経験がある。それだけに落選のきびしさも実感している。

 有権者は、今回民主党に政権をゆだねた。308議席という重みをもった民主党政権が近く誕生する。総選挙で、野党が単独で過半数を得たのは戦後初めてだ。いうまでもなく選挙は目的ではなく手段。これからが有権者の願いに応える本当の仕事がまっている。

 暑い真夏の総選挙が終わった。埼玉8区になる所沢市の小選挙区の投票率は68.74%(前回65.78%)で、約3ポイントアップした。それだけ有権者の関心が高く激戦であった。

 結果は、小選挙区で民主党新人の小野塚勝俊さん、北関東比例区で自民党の柴山昌彦さん、共産党の塩川鉄也さんの3人が当選した。いずれも所沢市在住だ。

 総選挙報道に影はうすかったが、30日投票の横浜市長選挙は民主党推薦の林文子さんが当選した。政令指定都市の女性市長は8月に初当選した仙台市の奥山恵美子市長につづいて二人目になる。今回の総選挙では女性議員がたくさん誕生したが、女性市長となると日本はまだ少人数だ。

 今年に入って、4月の名古屋市、5月のさいたま市、6月の千葉市の政令都市などの市長選挙、7月の都議会議員選挙の結果をみても、「いまの政治状況を変えたい」という有権者の地殻変動が起きている。その大爆発が今回の総選挙であった、と思う。みなさんはどうお考えであろうか。

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2009年8月24日 (月)

さらに追いこまれる喫煙者

 総選挙の期日前投票所になっている市民ギャラリー。日曜日の市役所1階ホールは100人を超える長い行列がつづく。職員が行列の整理をしている。ぼくはこんな風景をいままでみたことがない。

 「民主、300議席うかがう勢い」(朝日8/20)、「民主300議席超す勢い」(読売8/21)、「民主320議席超す勢い」(毎日8/22)とマスコミは衆議院総選挙の世論調査を大きく報道している。18日公示だが、すでに終盤の情勢のような扱いかただ。だが、選挙は投票箱のふたを開けるまで本当のことはわからない。

 ぼくも日曜日の朝9時前、期日前投票をすませた。この日、朝から市役所で「自治基本条例検討委員会」が開かれたので、期日前投票の長い行列を何回かみた。4年前の総選挙、所沢市の投票率は65.78%であった。前回よりさらに投票率はアップするだろうと実感している。

 投票を終えた人が、市役所玄関脇の小さな「喫煙所」にいる。聞くと「いままで投票しなかったが、今回は一日も早く投票をしたいという気持ちになった」と語る。実は、ぼくは「やめたくともやめられない」喫煙者のひとり。こんなとき喫煙者同士はすぐ話にとけこめる。

 わが国の喫煙率は男女平均26.2%(JT調査・2008年」で、年々減少傾向をしめしている。昭和40年代の男性の喫煙率は8割という数字からすると大幅な減少といえる。以前から喫煙は身体に悪影響をあたえると指摘されてきた。とくに2003年施行の健康増進法第25条(受動喫煙の防止)は努力規程ではあるが、駅構内の灰皿撤去など、このキャンペーンの効果は大きい。

 2009年3月、神奈川県は全国初の「公共的施設における受動喫煙防止条例」を制定した。施行は2010年4月1日。禁止区域でたばこを吸った人、義務を履行しない施設管理者にたいしては、罰則付きの条例となる。

 この防止条例は、日常的に利害が対立するだけに、制定過程はさまざまな努力が要求されたという。先月、この条例をつくった松沢成文神奈川県知事からお話を聞く機会があった。知事の実践的体験談だけに興味をそそるなかみであった。概要はこんなお話だった。

 ①なぜこの条例を思いたったのか。「たばこ規制枠組み条約」などもあるが、欧米、香港、台湾など各国では法規制している。だが、日本では、国民の認識が低い、霞ヶ関の縦割りの弊害、JT株の半分は財務大臣が所有など、法規制までいかない。

 ②防止条例制定へのとりくみ。県民の信任をえるためマニフェストに明記した。県内各地でのタウンミーティング、条例に反対するパチンコ業界をはじめとする関係団体との会合。専門家の検討委員会の設置など。

 ③議会対応。賛否両論の議会には何回か条例提案。徹底的に議論したが、オールオアナッシングにしたくないので、修正案をだして妥協。例えば、100㎡以下の店は努力義務にするなど特例施設をつくる。条例は3年後に見直し。まさに「政治は妥協」。

 ④今後のとりくみ。たばこ対策室の設置、喫煙所のブースづくりに企業を活用、やめたい人への対策など。他の都道府県にもつなげたい。地方が動くと国も動いていく、日本も変わる、など。

 今回の神奈川県の「受動喫煙防止条例」は、たばこの煙を吸わされる人の受動喫煙防止にある。禁煙条例ではないが、喫煙者にとってはますます「肩身の狭い」条例になる。逆に非喫煙者からすれば歓迎すべき条例になる。

 喫煙は「健康によくない」といっても、あまりにも日常生活に直接にかかわっている風景だ。賛否両論の「受動喫煙防止条例」の制定過程は、知事がいうように、オールオアナッシングになりかねない。制定へのエネルギーは相当なものだったに違いない。

 不特定多数が集まる公共的空間といってもさまざまある。条例は、第1種施設は禁煙、第2種施設は禁煙または分煙、特例施設、適用除外認定施設にわかれている。業者によっては抵抗する施設もでてきた。この部分は、条例制定上の妥協の部分にはいるだろう。

 長年にわたる習慣化された喫煙は、簡単にはやめられない。やめたくともやめられないニコチン依存の人は多い。厚生労働省は2006年からニコチン依存症の患者は「保険適用」にしている。

 長時間の会議で、「休憩をお願いしたい」というと、「タバコでしょう。そんなのやめなさいよ」とにらまれる。頭ごなしにいわれても、喫煙者にはつらい。つれあいからも「家のなかでは吸わないでね」といわれ、ずいぶん前から外で紫煙をはいている。

 非喫煙は世界的な流れになっている。あそこもダメ、ここもダメといわれて、いまや少数派に転落した喫煙者にとって、灰皿を探すのが一苦労の時代になっている。松沢知事が「上田さん(埼玉県知事)にも防止条例をつくるよう働きかけて」といわれたが、つらいお話だ。 

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2009年8月16日 (日)

戦争ほどむごいものはない

 朝からわが家のまわりはセミの大合唱だ。セミの一生は「地中7年・地上1週間」という。セミはオスが鳴いてメスを呼び寄せるラブコール。今年もセミがあっちこっちぶつかり、最後はあおむけになって短い命を終えていく姿を目にした。暑い夏を精一杯生きて役割を終えたのだろう。

 終戦記念日の8月15日の晩、西武ドーム近くの中沢大駐車場で「上山口夏祭り」がひらかれた。会場には地域の人たちがたくさん集まっている。来賓を代表して、つれあいの当麻よし子市長があいさつ。ときおり涼しい風が吹いてくる。

 この夏祭りは、お盆休みもあってか、ざっと700人以上の地元住民が集まっている。小さな赤ちゃんを抱いているお母さん、ゆかたを着ている子どもたち、近所の若夫婦など夕涼みがてらというふんいきだ。

 太鼓にあわせて盆踊りの輪が拡がる。焼き鳥、焼だんご、焼そば、お好み焼き、ジャンボたこ焼き、お面売り場などの各テント前は行列ができている。盆踊りだけでなく、食べて飲んで、地域の人が楽しく談笑する光景が各所でみられる。実に平和な光景だ。

 会場には、8月30日投票の総選挙を目前にして、民主党の衆議院議員予定候補の小野塚勝俊さんも顔をだした。「37歳です。よろしくお願いします」と、名刺をくばり、顔と名前の売り込みに一生懸命だ。

 毎年、8月15日前後の新聞、テレビは「第二次世界大戦」の話題を大きく取り扱っている。80歳代以上の戦争体験者の証言、実写記録映画、戦争を描いた映画などが多い。戦後64年、戦争がいかに人間を人間以下におとしめたか、いままで妻にも口を閉ざしていた貴重な証言もあった。

 昨晩のテレビでは、映画「硫黄島からの手紙」を放映していた。映画好きなぼくはすでに劇場で観賞している。心に残る映画は何回みても新たな発見がある。そのひとつに「ビルマの竪琴」がある。何回みたことであろうか。この映画は、1956年版と1985年版がある。

 最初にみたのが中学生のとき、昭和30年代の初めで、当時の日本はまだ貧しかった。映画はビルマ(いまのミャンマー)で、イギリス軍の捕虜になった日本軍小隊の話だ。

 小隊長は音楽学校出身で、隊員に合唱を教えていた。竪琴(たてごと)のうまい水島上等兵はビルマ人の格好で斥候にでていく。水島上等兵を除いて小隊は捕虜になる。水島を案じる隊員・・・。オウムに「オーイ、ミズシマ、イッショニ、ニッポンヘ カエロウ」と覚えこませる。

 戦場跡で水島がみた日本軍の屍(しかばね)の山。捕虜たちの帰国出発の前日、収容所前にたつ青年僧。みんなはすぐ「水島上等兵だ」と知る。隊員が歌う「埴生の宿」の合唱。「一緒に日本へ帰ろう!」と呼びかけても、水島は無言のまま、「仰げば尊し」を弾く。こんなストリーだ。なぜか、この映画は何回みても涙がでてくる。

 先日、つれあいとみた「縞模様のパジャマの少年」も、観賞後の余韻を残す映画だ。ナチス将校の父親をもつ子どもの物語。父親はベルリンを離れて強制収容所の所長になる。家族はいなかの農場の管理ぐらいしか情報がない。まわりには遊び相手もいない。

 少年ブルーノは、ある日、禁じられた場所にでかける。そこで有刺鉄線にかこまれた「農場」を発見。フェンス越しに一人の少年シュムエルがパジャマ姿でいる。ブルーノはその少年が「なぜパジャマなのか」理解できない。そこはユダヤ人の強制収容所だったことがわかる。やがて二人に悲劇が起きる・・・。

 いったい第二次世界大戦でどのくらいの戦争犠牲者がでたのであろうか。日本は310万人(戦死者は230万人、民間人は80万人)といわれている。日本人の戦死者で多いのは、フィリピン約52万人、中国本土47万人、旧満州25万人などの統計数字がある。映画「ビルマの竪琴」のミャンマーは13.7万人という。

 第二次世界大戦での犠牲者は、5,300万人以上という。戦闘、爆撃、戦病死、飢え、強制収容所での大量殺戮などで、5千万人以上が戦争の犠牲者になった。けっして数字では表せない一人ひとりの苦しみや悲しみを思うと、この世の中で、戦争ほどむごいものはないだろう。

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2009年8月 9日 (日)

きずなを強める盆踊り大会

 やぐらを中心に四方にはられたちょうちんの灯りがまつり気分をかきたてる。やぐらの上では太鼓の音。道路沿いには、交通安全協会のメンバーが交通整理をしている。昨晩、所沢市山口・瑞岩寺駐車場で、恒例の岩崎中町町内会の盆踊り大会(納涼祭)がひらかれた。

 今年の夏は、曇りや雨の日が多い。せみの声は聞こえるが、照りつける真夏の青空が少ない。昨晩も曇り空であった。この瑞岩寺は、自宅から徒歩20分ぐらいのところにある。会場の瑞岩寺広場には、かわいいゆかたを着た子どもたちがたくさんいた。

 子どもたちは夏休みのさなかだが、ひさしく子どもたちが外で遊んでいる姿をあまりみかけない。いったい今の子どもたちはどこでなにをして過ごしているのだろうか。

 だが、町内会の盆踊り大会には、ちびっこが沢山あつまっていた。なんといっても、盆踊り大会は地域の一大イベント。子どもたちのおめあては町内会が準備している食べ物や景品だろう。

 町内会の人たちが大きな鉄板でやきそばをつくっている。たこ焼きもある。子どもたちが群がっている所があった。30円のくじで、おもちゃ、花火などがあたる場所は行列がならんでいる。

 会場入口のちょうちんの下には、「健康で明るい町内会」の大きな横断幕がある。ぼくは招待客だが、議員のときとちがって、あいさつもなく、気持ちにゆとりがある。「まぁ、まぁ、一杯どうぞ」とビールがそそがれる。あまり飲めないのに入れ替わり立ち替わりやってくる。主催町内会とつきあいのある他の自治会・町内会の役員さんもやってくる。

 やぐらのまわりで踊りがはじまった。となり席の自治会の長老がいう。「民謡部の踊り子さんがあまり変わらないですね」。たしかに若い女性がいない。おそろいの浴衣を着てにぎやかに踊ってはいるが、ここも若い世代が入ってこない悩みをかかえているにちがいない。

 やぐらの下には大小の太鼓がおかれている。「ドン、ドドーン、ドーン」とまつりの気分をかきたてる地元の「創作和太鼓 志根女」のみなさんによる元気な太鼓がはじまった。会場を「キャ、キャ」と騒いでいた子どもたちもみとれている。

 昨晩も市内各地での盆踊り大会が開催された。つれあいの当麻よし子市長は各地にでかけている。少し遅れてきた市長は、「子どもたちも夏休みのいい思い出になります。納涼祭はご近所一同が交流できるいい機会です。安全・安心のまちづくりをみなさんと一緒につくっていきましょう」とあいさつ。

 人があつまるところ、埼玉8区の衆議院議員予定候補者もやってきた。民主党の新人・小野塚勝俊さん、自民党の前衆議院議員・柴山昌彦さんもかけつけた。名刺を渡し、握手をして「お世話になります。よろしく」とあいさつに忙しい。8月18日公示、30日投票まであとわずか。お二人はひととおりのあいさつを終えるとつぎの会場へと移動していく。

 地域の人が集まる夏のイベント・盆踊り大会。日ごろは、あいさつ程度だが、まつりの準備、役割分担、あとかたづけにいたるまで、共同作業がある。地域のコミュニケーションが薄らいでいるなか、夏の盆踊り大会は、地域のきずなを強めるいい機会だ。

 なお、ここ岩崎の瑞岩寺では、毎年10月の第二土曜日、所沢市無形民俗文化財に指定されている「岩崎ささら獅子舞」がある。この獅子舞は、大坂冬の陣(慶長19年・1614年)で戦功をたてた岩崎の地頭が京都で買い求めた獅子頭面からという歴史がある。

 境内の舞の場では、牝獅子をめぐって牡獅子が争う場面など、迫力ある獅子舞が演じられる。もともとこの獅子舞は悪魔よけ、雨乞い獅子ともいわれている。岩崎地域の人だけでなく、市内外から多くの見物人がやってくる。まだの方は、ぜひごらんいただきたいと思う。

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2009年8月 5日 (水)

海からみる東京臨海副都心

 8月6日は広島に原爆が投下されてから64年目になる。つれあいの当麻よし子市長は、広島平和記念式典参加のため、朝4時起きして広島にむかった。前日の晩「起こしてね」といわれたが、ちゃんと起きてきた。

 所沢市は毎年「広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式」に市、市議会、市民代表が参加している。今年の市民代表は高校生、中学生の6人が「平和大使」として参加している。若い人の感性は鋭い。悲惨な原爆の実態をどう受けとめてくるであろうか。

 現地にいくと、本やテレビなどではわからない、五感でうける新たな発見がいくつもある。先日、明大公共政策大学院ガバナンス研究科で、青山教授(元東京都副知事)の「校外授業」が3回あった。3回とも朝から夕方までの「校外授業」。その後は、懇親会とつづく。参加者は自治体議員、職員、国家公務員など。

 第3回目の校外授業の場所は埼玉県。JR川口駅東口前の再開発ビル、SKIPシティ、埼玉スタジアム、見沼田んぼ「緑のトラスト1号地」の視察を終えて、夜の懇親会。司会が「まず長老の当麻さんにごあいさつをお願いします」ときた。たしかに年金暮らしの年齢では長老かもしれない。

 それはさておき、校外授業の第1回目の図上演習。これは大田区庁舎の情報センターから火災発生。爆破とわかり、住民票発行システムがダウンしたというところから始まった。すぐに現地対策本部が設置された。ぼくは教育長役(副本部長)。住民や消防から断片的な情報がはいってくる。さらに区内の公共施設にも爆破予告が・・。

 対策本部には、マスコミが押しかけてくる。不安な住民たちもやってくる。議会もマスコミ発表の前に情報を知らせろとやってくるなど、刻々変化する状況に対応しなければならない。

 マスコミ会見、議会の全員協議会開催など、リアルな災害対策訓練。昼食のおむすびを食べる時間もない緊張した訓練が夕方までつづいた。すじがきのない新たな状況変化に初参加のぼくはとまどうばかりであった。

 テレビや新聞で毎日いろいろな事件が報道される。いまの時代、常識をくつがえす事件が起きる。これにどう対応するか、現場の危機管理、訓練の大切さを実感した。

 第2回目は、東京港からみる臨海副都心。竹芝から視察船「新東京丸」に乗船。この船は197トンで東京都港湾局の所有。遊覧船ではなく東京港の重要な役割を説明する船だ。乗船すると1階には大テーブル。資料をひろげながら、ふ頭の再開発や広大な埋立地の開発を見学した。

 レインボーブリッジをくぐり品川ふ頭、大井ふ頭、広大な埋立地、副都心などをぐるりとまわる。いま埋め立て中のGブロックは73ha、Cブロックは70ha、さらに埋め立てするブロックが計画されている。大東京の廃棄物処分場は海へ海へとひろがっている。

 埋立地には、最先端の都市インフラを備え、ビジネス街、公園、住宅街などの副都心がつくられている。さらに東京港に巨大な橋げたが建設中。東京港臨海道路だという。海から眺める高層ビル群、ふ頭につながる外国コンテナ船など、なかなか見られない経験だ。

 東京港は埋立の歴史といえる。日比谷、日本橋界隈は、江戸時代に埋め立てられたという。夢の島公園がある新木場駅まで、所沢から有楽町線で直通だ。だが灯台下暗し。まだぼくは臨海副都心をきちんと見学をしたことがない。

 東京港の埋立地がいかに広いか実感できる模型がある。六本木ヒルズ森ビルの12階に都心の「巨大都市模型」がある。この模型の大きさは17.0m×15.3m、1/1000のスケール。オリンピック東京誘致をめざす東京都も、IOC視察団にみせている。

 「森ビル」がつくったこの模型は実に精密だ。小さな道路、公園、橋、建物の高さまで一目瞭然。東京スカイツリーやオリンピック会場までつくられている。この模型の費用は5億円かかったという。東京港に目をやると広大な埋立地面積がよくわかる。

 同じフロアーにニューヨーク・マンハッタンの1/1000の模型がある。これらの説明もうけたが、これからの都市政策はなにが必要かを考えさせられた。教室でない授業も現場主義のぼくにはありがたい。

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