新たな生涯学習の拠点施設
厚生労働省が6月3日公表した人口動態統計によると、2008年の合計特殊出生率(一人の女性が一生に産む子どもの数)は、1.37で3年間微増しているという。ちなみに埼玉県は1.28。とはいえ、日本の人口は数年前から減少傾向をつづけている。
2010年11月、市制施行60周年をむかえる所沢市の人口推移、就業構造の変化などをみると、東京近郊の特徴がよみとれる。
1950年(昭和25)の国勢調査の人口は約5万人。だが、1960年代後半から20年間、毎年1万人ぐらい増加している。いまでは前年比微増の状態になっている。市制施行時の就業割合は、第一次産業(農業)41.11%が現在では1.55%に大幅に減少している。逆に第三次産業(運輸・通信、サービス業など)が7割以上をしめている。
6月7日、所沢市生涯学習推進センターのオープニング記念式典がおこなわれた。この場所は、2006年3月廃校になった旧並木東小学校。米軍所沢通信基地の一部返還の跡地だ。航空公園駅東口からつづく通りは、官庁、マンションが建ち並んでいる。また隣接地には、並木小学校、中央中学校がある。この地区は高齢化がすすみ、児童が減少し、市内で初めて廃校になった。
オープニングセレモニーでは、つれあいの当麻よし子市長が、生涯学習推進センターの役割などについてふれた。すでにセンターは4月から所沢市民大学の2年次、全国でもめずらしい生涯学習施設内にある早稲田大学大学院(教育臨床コース)も開設している。
オープニング記念行事(6月7日~11日)には、さまざまな企画がある。5回の連続講演会、展示コーナーでは、「とっておきの所沢ーふるさと写真展」「生涯学習をすすめる所沢市民会議活動展」「所沢市民大学の紹介」「市民大学修了後の活動紹介」「常設展示・企画展示」「IT相談」などがひらかれている。当麻市長も式典後、熱心に展示を見学していた。
いまぼくが在籍している市民大学。その運営原則は、①市民参加で企画運営②出会いの場・交流の場③グループワークで学習を深める④地域に学びをひろめる、となっている。
市民大学の紹介コーナーに興味深い数字が展示されていた。累積受講生約2300人。年齢構成は60~70代が8割強。居住歴は親の代からは7%、居住20年以上が75%。公共意識・07年の投票行動は市議選投票率91%、「広報ところざわ」を必ず読むが73%。所沢をもっと知りたい、という市民が多いことがわかる。
市民大学修了生の活動も展示されている。修了後も、その活動の領域が幅ひろいことがサークルの紹介でもわかる。「地域の自然を考える会」「アジア研究会」「ダースの会」「傍聴席」「北欧の会」「おたまじゃくしの会」などいくつもある。
その活動の一つの例。メディアとしての「傍聴席」。これは14期2年次の学習「地方自治とメディア」をまなんだ人たちが立ち上げたブログ。市政や市議会の動向をウオッチング、市民が必要な情報を伝え、自由な議論の場になっている。市議会の本会議、委員会などを傍聴して、市民の目線で問題提起をおこなっている。議会基本条例の制定過程でも熱心に傍聴していることがブログでもよくわかる。
いずれにしても、所沢市民の生涯学習はさかんだ。各地区の公民館、コミュニティ会館での各種サークル活動、さらにオープンした生涯学習推進センターの開設をみてもわかる。
新たな生涯学習の拠点施設には、人材育成エリア、ふるさと研究エリア、教育臨床研究エリアがある。センターでは「さまざまな事業を通じて、より高度で専門的な学習活動を推進・支援していく」としている。
6月号の「広報ところざわ」に所沢市の今後の人口推計がのっていた。現在、所沢市の高齢者人口(65歳以上)は19.17%。7年後には4人に1人、15年後の2024年には29.0%という棒線グラフがある。所沢市も確実に少子高齢社会のスピードを速めている。こうした社会でこそ、子育ての環境整備、生涯学習の重要性はますます比重を高めてくるであろう。
新たな生涯学習の拠点施設。市民一人ひとりが、子どもたちから大人まで、楽しく利用できる施設として、ぜひ発展してほしいと思う。
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コメント
突然失礼致します。
“並木東小学校”を検索していて、ココに辿り着きました・・・
私はこの小学校の卒業生で、現在は福岡に住んでおります。
先日当時の懐かしい写真が実家から出てきて、色んな想い出が甦って来ました。
残念ながら廃校になり、その跡地が生涯学習の場として利用されていると知り、ちょっぴり寂しいような嬉しいような・・・
私が在籍していたのは、お隣の並木小学校から分離した最初の年から3年間、4~6年生の間でした。
様々な経験をし、学び、人間として大きく成長させて頂いたのが、この3年間だったように想います。
その後中央中学校に進学しましたが、2年生の終わりに父の再びの転勤で故郷の福岡に戻り、現在に至ります。
帰福後しばらくは、そちらの友人達とも頻繁に交流がありましたが、今現在は音信不通になってしまって、殆どの人の消息が判らなくなってしまいました。
それでも当時お世話になった先生方、共に同じ時を過ごした友人達の幸せを願って止みません・・・
唐突にこんなコメントを書き込んでしまって、申し訳ありません。
余りにも懐かしくて、そして奥様が市長を勤められているとの事で、これからもセンターを大切に使っていって頂きたいと想い、コメントさせて頂きました。
乱文お許し下さい。
投稿: Riko@BRANDEX | 2009年7月13日 (月) 13時08分