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2009年3月

2009年3月27日 (金)

地域福祉は市民の力で

 先日(3/25)、ミューズ・キューブホールで「所沢市地域福祉活動フォーラム2009」(主催:所沢市社会福祉協議会)がひらかれた。

 13時開会10分前に入場すると、マイクをもってなにかしゃべっている人がいる。よくみると講師の浅野史郎先生(慶應義塾大学教授/前宮城県知事)ではないか。おやおや、もうはじまったのかなと思ったくらいだ。

 先生は茶目っ気のある方だ。司会が先生のプロフィールを紹介しているとき、すぐ後に気づかれないよう立っていたり、イスを自分で運んだり、演壇すれすれに立って「落ちないかと心配して、みなさん寝ていられないようにね」と爆笑させる。

 それはさておき、来賓の当麻よし子市長は、「地域社会の個人のつながりが希薄になっているなかで、住みよい所沢をめざして、地域福祉計画を策定している。私自身、マニフェストのなかで地域ケアネットワークの確立などをかかげ、いまとりくんでいる。みなさんのご提言、ご意見をいただき、これからの福祉のあり方の議論に役立てたい」とあいさつ。

 記念講演で、浅野先生は「地域福祉はだれのためにあるのか、それは地域の底力で、非専門家(無関心層)をどう関心者にすることではないだろうか」といくつか事例をあげて説明された。

 そのひとつに横浜市栄区桂台の「朋」という施設の例。ここは重症心身障害児・者の通所施設。23年前、重度障害者施設をつくるために、地域の町内会の了承を得ようとでかけた。高級住宅街にそんな施設はダメといわれたが、最後の住民説明会のとき、「障害者は散歩するのでしょうか」と質問があった。代表の日浦美智江さんは、てっきり反対と思いドキイとした。だが「乳母車にのって一緒に散歩しましょう」といわれ、ホッとしたという事例だ。

 ぼくには具体的な経緯はわからないが、横浜市はこの施設の日浦理事長に横浜文化賞を与えたという。それは日本で初めての重症心身障害児・者の通所施設の活動が評価され、またノーマライゼーションを地域に浸透させることに大きな貢献をしたからだという。それにしても文化賞なんてイキな賞ではないか、と思う。

 この種の施設は、近所にできるとなると、総論賛成・各論反対が多い。ぼくも精神障害者の施設つくりにかかわったことがある。借家の小さな通所施設にどうどうと看板をかかげられない、病院跡地に社会復帰施設をつくろうとすると地域住民は、障害者は怖い、施設ができると地価が下がると反対運動が起きたこともあった。

 地域福祉フォーラムは、記念講演のほかに、地域福祉活動推進会議委員長の中島修さんの基調説明、パネルディスカッション(パネラーは神武恭子さん、中村俊明さん、村岡和子さん)「支えあいのまち ところざわを創る」と、もりだくさんであった。

  コメンテーターの浅野先生は、今回のテーマは「ふくしのまちづくりは市民の力で」となっているが、これを「地域福祉でまちづくりを」と考えたらどうかとの提言もされた。

 地域福祉というと抽象的だが、地域に住む住民が、まず「あいさつ」ができる関係から、また困っているときには支えあう、助けあうことだ、と思う。今日郵便受けにあった所沢社協の「ちゃお !」(42号)には、2008年度から具体的に歩みだした「山口地区地域福祉ネットワーク会議」の記事がのっていた。

 先日のフォーラムの資料にも山口地区のネットワーク会議が紹介されていた。社協山口支部、山口地区民生委員、山口自治連合会、山口長生クラブなど現在9団体が参加している。2009年度は「みんなで考え、みんなでつくり、みんなで実施する地域福祉をモットーに」、情報交換・共有、地区活動計画づくり、相談広場、広報紙の発行などにとりくみたいとしている。

 浅野先生のユーモアのある記念講演、またパネルディスカションをとおして、地域福祉とはなにかを考えさせられるフォーラムであった。みなさんのまちの「地域福祉計画」「地域福祉活動」はどうなっているだろうか。

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2009年3月21日 (土)

所沢市民大学1年次終わる

 春らんまんの季節。庭のハナ桃、カイドウのつぼみも大きくなっている。今日から甲子園での選抜高校野球がはじまった。これからどんな高校生の熱戦がくりひろげられるか楽しみだ。

 先日(3/19)、第16期所沢市民大学の交流パーティーがひらかれた。所沢市民大学は2年制。4月から2年次に入る。市民大学の主催は所沢市教育委員会だが、講師依頼、受付、司会、会場整理などの運営は、先輩の企画委員と受講生が担っている。

 1年次は講義中心であった。古典文学、日本の芸能、民族音楽、脳の科学、環境問題、日本の政治・外交・農業、地方自治、地域の自然、所沢の歴史などがあった。そのほかに特別講演、公開講座、移動学習とバラエティにとんでいる。つれあいの当麻よし子市長も特別講演で「所沢市の現状と未来」の話をしている。

 講義終了後のグループミーティング、グループリーダー会議、飲み会なども率直な意見交換の場であった。受講生は、さまざまな人生経験をされている。先日の交流パーティーのアトラクションでは、所沢の民話、民謡と詩吟、銭太鼓、ウクレレ演奏もあり楽しくすごせた。実に芸達者な人が多い。

 人生の奇遇の話もある。16期生の定員は80人。1年次は8つのグループにわかれている。初日の同じグループ内の田中さんと石田さん、自己紹介でお互い同じ青森県出身だということがわかっていた。

 だが、10月の青森高校同期会の席で、この二人は偶然遭遇し、お互い出身高校も同じだったことがわかった。不思議な縁だ、と二人は驚いたという。このことは、「サプライズ ! 43年ぶりの奇遇」と「市民大学通信2月号」にも紹介された。

 所沢市民は34万人。首都近郊という交通の利便性が高いので多くの市民が転入している。市内には○○県人会という組織もある。それにしても世間は狭い。ちなみに、つれあいは福岡県出身だ。

 所沢市民大学は、①市民参加で企画運営する②出会いの場、交流の場をつくる③グループワークで学習を深める④地域に学びをひろげる、という運営原則がある。4月からの2年次グループワークの編成もきまった。ぼくは「地方自治」のグループになった。メンバーは9人。テーマは「総合計画から考える所沢の将来と課題」で、担当講師は市内在住の廣瀬克哉先生(法政大学教授)だ。

 市民大学は生涯学習の一環だが、いままで会場は旧市役所、市民体育館、公民館など転々として一箇所にさだまっていなかった。4月から新しく生涯学習推進センターがオープンし拠点もできる。この施設は並木東小学校の跡地だ。このセンターの活動区分は、教育臨床研究エリア、人材育成エリア、ふるさと研究エリアにわかれる。

 いま日本は少子高齢社会。元気な高齢者も多い。ユネスコの21世紀教育国際委員会の報告書「学習:秘められた宝」では、生涯を通じた学習のための四本柱を提起している。それは、①知ることをまなぶ②なすことをまなぶ③共に生きることをまなぶ④人間として生きることをまなぶの四本柱をあげている。この四本柱を知ったのは、市民大学の開講式の「特別講演」であった。

 市民大学の受講生は定年退職者が多い。ぼくより年配者の学習意欲を拝見していると、そのエネルギーに感心してしまう。ついつい70代の人をみて、ぼくがあの年齢になったとき、あのエネルギーはあるだろうか、と考えさせられるときがある。

 「人は一生勉強だ」というけれども、まず健康でなければ意欲もおきない。人生の先輩からも多くのことをまなんでみたい。人生の伝統的な段階区分の線がひけない現在、多くの人が生涯学習にとりくんでいる。「メリハリのある生活になった」「新聞を読む目、まちを歩くときも、点から広い視野に変わった」という女性もいる。2年次がまちどおしい市民大学といえる。

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2009年3月15日 (日)

春の柳瀬川上流の美化活動

 埼玉県の県土面積の4%は河川で占めているという。荒川、利根川という大きな川もあれば無数の小さな川もある。所沢市内には柳瀬川、東川など小さな川がある。柳瀬川は、狭山湖(山口貯水池)付近から志木市役所までの約20kmを流れる一級河川だ。

 今日、「柳瀬川の最上流をきれいにする会」主催の柳瀬川の大清掃があった。会場の川辺公民館の裏庭には、会員のほかに、上山口中学校、山口中学校の生徒、埼玉県庁、所沢市役所の職員をふくめて約150人が参加した。

 「かつてはミヤコタナゴがすんでいた川を、再び生息ができるよう地道な活動をしてきた。一日も早く清流がもどるよう活動をしたい」と、鈴木良一会長があいさつ。今回の清掃は、最上流の大鐘橋から下流までの約1.3km。各自、長靴、軍手姿で、ごみ袋などをもち、3班にわかれて川に入った。

 ぼくは下流を担当。柳瀬川上流の清掃は、定例のほか、春と秋の大規模清掃がある。前回も同じところに入ったが、空き缶、プラスチック、破れたバケツ、パイプなどが集められた。なぜか小さな浴槽までころがっている。前回も気づいたが、砂にくいこみ、人力ではびくともしない状態だ。美化活動は、多くの参加者で予定より早くおわった。

 清掃終了後は、公民館裏庭で恒例のトン汁パーティー。うれしいことに、参加した多くの中学生が飲み物、トン汁を参加者にくばってくれた。上山口中学校では、昨年「総合的な学習の時間」で、柳瀬川の授業、川の清掃などをしている。今回初参加の山口中学校生は、「ボランティア活動ははじめてです。いい経験だった。来年も協力したい」と報告した。

 ぼくが子どものころは、柳瀬川で堰をとめ、かいぼりをして、ザリガニ、小魚などをよくつかまえたことがある。泳ぐ子どもたちもいた。わが家の県道の前は水田で、初夏にはホタルが乱舞していた。半世紀前の時代だ。自然は豊かで、人家も密集していなかった。しかし、都市化の波で、ようすが大きくかわってしまった。

 5年前、ぼくは柳瀬川の最上流から新河岸川に合流する志木市役所まで、数日かけて歩いたことがある。最上流の大鐘橋付近はわずかな水量だ。下流にいくにつれ川幅は拡がり、川遊びやバーベキューをする家族づれもみられる。川幅の狭い上流部は、川の左右は民地が多く足を運ぶのに苦労したことがある。チョロチョロした流れが下流にいくにつれ水量をまして川らしくなっている。

 もともと柳瀬川は、湖底に沈んだ勝楽寺村から流れていた。昭和7年(1932)に山口貯水池は完成しているが、いま山口貯水池(狭山湖)からの水は柳瀬川に流されていない。とくに阪神・淡路大震災後の堤防工事により川の水量が減少している。雨水や生活雑排水だけの水量のためヘドロが多い。

 つれあいの当麻よし子市長が県議会議員のとき、「柳瀬川上流の維持流量の確保について」質問したことがある。だが、東京都は「水確保のため放流は困難」とガードがかたい。

 埼玉県は、「きれいにする会」と大鐘橋から高橋までを美化活動区間として、「水辺の里親」を協定している。また最上流の大鐘橋付近では、水辺環境に配慮した整備をおこなっている。所沢市もまだ時間はかかるが、柳瀬川最上流部の下水道整備にとりくんでいる。

 4年前に、自分たちの住む地域は自分たちできれいにしよう、と始まった柳瀬川の清掃。いつの日か、ミヤコタナゴが柳瀬川に再び生息できるような自然環境をめざし、汗を流している。地域住民、柳瀬川の最上流をきれいにする会、上山口ミヤコタナゴ保存会などは、行政と連携して、川の再生にとりくんでいる。

 高橋交差点の川の土手に植えられた「しだれ桜」も芽を持ちはじめている。今回の下流の水辺にもカモが羽を休めていた。最上流部はまだヘドロも多く、下水道などの環境整備が待たれるが、少しずつきれいになっている。さらに下流には鯉がむれている箇所がいくつもある。

 ぼくにとって、今回の川の清掃でうれしいことは、地域の中学生が参加してくれたことだ。この子たちが大きくなるころには、人と自然が共生できる所沢になるにちがいない。

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2009年3月10日 (火)

アンチエイジングに挑戦

 つれあいの当麻よし子市長は今朝8時前に出勤、昨夜も10時過ぎであった。今日から所沢市議会の一般質問がはじまったが、その答弁準備等でどうしても遅くなる。夕食を食べる時間がないらしく、家で遅い夕飯を食べることになる。

 市長職は、土・日曜日も公務日程がたくさん入っている。以前、前・斉藤博市長に「なにが一番だいじですか」とお聞きしたら、「まず健康であることですね」といわれたことがある。市長の激務は想像していたが、身近にみていて、よくぞ体がつづいているな、と感心してしまう。

 ぼくは毎年、人間ドックをうけている。今年も1月に受診したが、昨年とくらべ大きな変化はないといいたいが、腹囲が3cmもふえている。その原因は思いつく。最近、運動不足、ついつい食べすぎと、「注意しなければいけない」と自覚しながら、日常生活に流されてしまっているからだ。

 さて、今日の午後、「ところざわ倶楽部」(所沢市民大学修了者の会)主催の「シニアのための公開講座」に参加した。テーマは「アンチエイジングといかにとりくむか」で、講師は市内にある国立病院機構西埼玉中央病院の成宮学先生。

 「もう年だから、とあまり使わないほうがいいですね。シニアというと、気分もちがう。年をとると個人差が大きいですね。精神的、肉体的にゆるやかに、また気合も大事です」とのお話からはじまった。

 「メタボリックシンドロームとその予備軍は、40歳以上では、男性が50%、女性が20%です」とのこと。これはすごい数字だ。実は、ぼくもメタボ該当者になっている。

 通称メタボとは、内臓脂肪症候群といわれ、内臓脂肪がちょっとずつ異常がかさなる、血がかたまりやすい体質、インスリンの働きが低下する体質といえそうだ。昨年4月からはじまった特定検診でのメタボ判定基準には、腹囲、血圧、血糖、脂質の数字がしめされ、それを超えるとメタボ予備軍、メタボ該当となり生活習慣の改善が必要になってくる。

 先生は、日常生活動作、糖尿病外来患者のアンケート結果などもお話されたが、ぼくにとって興味深いのがあった。それはぼく自身、加齢になるにつれ感動が少なくなったという点だ。子どもの頃、青春時代はつねにあるゆることが新鮮で脳にインプットされた。

 いま1年がたつのが早く感じる。感動も少なくなっている。どうしてだろうか。先生は「ジャネの時間の法則」をとりあげた。それは「時間の長さは年代に反比例して感じられる」という法則。これはじっくり調べてみたいものだ。

 アンチエイジングについて、成宮先生は「老化の速さは主観的なものに左右される。心の持ち方しだいで実際の脳細胞は活性化される。前向きになれば、かならずその実現性は高まる。だからイメージトレーニングをして、根拠なき自信が大切」「アインシュタインのことばに、感動することをやめた人は、生きていないと同じであるというのがあります」とのべた。人は意欲をもって、創造的に生きることの大切さを強調した。

 「定年後の人生の充実には、何をするかではなく、脳をどう使うかが重要。それは感動の人生、あくなき好奇心です。感動のもとは、意外性、なつかしさにあるんではないか」と。たしかに日常生活のなかにも小さな感動がある。朝一番、春のけはいを感じる小鳥の鳴く声、ふと見る夜の満月の美しさ、これも感動のひとつといえる。

 だれでもいつか老いはやってくる。少子高齢社会のいま、もうじき4人にひとりが65歳以上の高齢者になる社会。いつまでも健康でいきいき暮らすためには、先生の「感動や創造性が必要だ」というアンチエイジングへの問題提起は参考になった。みなさんはどんなアンチエイジングにとりくんでいるのだろうか。

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2009年3月 6日 (金)

ふるさと所沢の歴史に学ぶ

 明日の卒業式をひかえて、今日、母校の埼玉県立所沢高等学校で同窓会入会式があった。体育館には300余人の3年生が集まっていた。ぼくは所沢高校同窓会長として、新たに同窓生になる後輩にあいさつをした。

 所沢高校は創立110年になる伝統と歴史のある学校だ。卒業生は2万3000余いる。2007年には、3階建ての同窓会館「希望の鐘」が完成した。県からの補助はなく、すべて同窓生の寄付によってつくられた建物だ。

 実は、昨日、所沢市民大学1年次の最終講義があった。テーマは「所沢の歴史」で、講師は霜田照夫先生(元所沢市史編纂室)。「幕末から市制施行までの所沢」「市制施行から今日までの所沢」の2回の講義であった。明治時代のお話で、所沢高校の前身である英和学舎(明治31年創立)がでてきた。

 わがまちを知る講義である。ぼくは地元・所沢生まれだが、多くの受講生は他の地域から所沢に転入している。自分の住むまちの歴史を知りたい、そんな人たちは多い。以前のブログでも紹介したが、「旧町の歴史散歩」のガイドさんたちは、新住民で市民大学の出身者だ。

 地元生まれのぼくは地域の歴史を知っているようで、実はよく知らない。ばくぜんとした知識、感覚で地域の歴史をみていたという反省がある。体系的に地域の歴史をふりかえることがおろそかになりがちだ。わが家の書棚には「所沢市史」「所沢の歴史と地理」「写真集所沢」などがある。いままで忙しさにかまけてじっくり読むこともなかった。

 最近では、手軽な「ところざわ歴史物語~所沢市史ダイジェスト版」(所沢市教育委員会)が発行されている。古代、中世、近世、近代、現代の主要なできごと、さらに各地区の歴史、特徴もふれている。写真や図版も多くとりいれて読みやすい歴史本になっている。

 いまの所沢市は、江戸幕末の頃はどうなっていたのか、ぼくは地名から感覚的にはつかんでいた。しかし、先生の資料に記載されている明治初めの自然村の代官名、旗本名、石高などは参考になる。

 明治22年頃になると、明治政府による行政上の所沢町、各村が誕生している。さらに戦時下の昭和18年4月には1町5村が合併し所沢町になっている。ずいぶんとあわただしい合併だ。戦時下ならでの背景があるにちがいない。平成の大合併では、全国3200余の市町村が1800余になった。これも中央政府主導の「あめとムチ」の結果といえるだろう。

 地域の歴史をまなぶ。どこの市町村にもさまざまな歴史や文化がある。それをまなぶことは将来を見据えることにつながる。そんな市民が増えていると思う。

 当麻よし子市長は、施政方針で、「平成22年には市制施行60周年を迎えます。そして平成23年には、明治44年4月に日本で最初の飛行場が所沢に誕生して100周年という記念すべき年を迎えます。先人より引き継がれた航空発祥の地所沢を魅力と活気にあふれたまちとして、さらに大きく飛躍させていくことは、市民共通の願いであるとともに私の強い思いでもあります」とのべている。

 所沢市は昭和25年11月、県内8番目として市制が施行された。当時の人口は4万人。いまは34万人。ちなみに埼玉県では川越市が大正11年で一番歴史が古い。

 72平方キロの所沢市は11行政区にわかれているが、それぞれ微妙に歴史、文化、環境などがちがっていると思う。自分たちのまちは身近で気軽に歴史探訪ができる。もうじき春らんまん、新緑の季節。自然環境にめぐまれている所沢を散歩しませんか。

※ただいま「当麻よし子のホームページ」では、「所沢の桜の名所といえば」のアンケートを実施中です。もうすぐ春cherryblossomです。あなたもクリックして投票しませんか。

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