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2008年11月

2008年11月30日 (日)

トトロの原風景はいま

 長編アニメ「となりのトトロ」の舞台となった狭山丘陵。この丘陵は、埼玉県と東京都の都県境にある広い丘陵緑地。ぼくの住む山口地区は、いまも起伏のある緑豊かな地域だ。西武ドーム、湖面の美しい狭山湖、雑木林などがある。狭山丘陵の雑木林は春夏秋冬、いろいろな風景をみせてくれる。

 昨日、所沢駅東口前のくすのきホールで、「トトロのふるさと財団」が財団設立10周年記念シンポジウムを開いた。

 基調講演を行なった安藤聡彦財団理事長(埼玉大学教授)は、「いま狭山丘陵の景観は大きく変化している。相続が発生すると、ミニ開発になり切り売りの状況だ。トトロの森は確実に危機にある。現在、財団は9ヶ所のトトロの森、一軒の古民家を取得している。今後は農地も取得して一体的に保存、復元、活用していきたい。地域にとって丘陵は大事な環境資源だ」と語った。

 シンポジウムのパネリストで所沢在住の宮崎駿監督は、「悲鳴をあげているのは狭山丘陵だけではない。無理をせず運動を持続させていこう。自分が正しいと押しつけてはだめ。私は半径300mで活動している」と発言。

 来賓の当麻よし子所沢市長は、「所沢は都会と田舎が共存しているまちだ、という新住民もいる。私のマニフェストには、個人市民税の1%を財源に身近な緑や狭山丘陵などの保全にふれている。山口の菩提樹池周辺が埼玉県のエコ・オアシス保全事業の候補地になり、先日も、そこの田んぼの収穫祭に参加した」とあいさつした。

 狭山丘陵は首都圏でも貴重な緑がたくさんある。財団が取得した「トトロの森」の何ヶ所かはわが家の近くにある。30年前頃から、丘陵が開発され大きな団地もできた。最近ではトトロの森としゃれたネーミングだが、武蔵野の雑木林だ。地元では森といわず「山」といった。山は人の手が入った二次林。ぼくは子どもの頃を思い出した。

 冬になるとクヌギ、コナラを伐採して、風呂や台所の燃料のまきにする。大きな切り株を台にして、まさかり、ナタで割っていく。割り方にもコツがある。まき割りは、子どもの仕事だ。まきは家の軒下に高く積みあげて乾燥させる。

 風呂をわかす、台所で煮炊きするにも、燃料の小枝とまきは必需品だった。新聞紙をまるめて、火をつける。子どもながら息を吹きつけまきを燃やす。こんな昔の風景はいまは消えてしまった。

 雑木林は燃料だけではない。冬になると、くずはき(落ち葉はき)がある。熊手で落ち葉を集め、大きなかごに入れ、リヤカーで山から家まで運んでいく。庭に床をつくり、落ち葉、水、人糞で堆肥をつくる。このように武蔵野の雑木林は農家の日常生活と密接にかかわってきた。管理された冬の雑木林は実に美しい風景だった。

 トトロのふるさと財団は、里山の土地を買い取り、いきもの・文化財の調査・研究、トトロの森の掃除などを行なってきている民間の団体だ。開発がすすむなかで、狭山丘陵に根ざすナショナル・トラスト団体として、いま10年間の長期構想を検討しているという。

 シンポジウムには多くの市民が参加した。「人と自然が共生できる所沢」をぜひともつくりたいものだ。

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2008年11月24日 (月)

喜びの西武優勝パレード

 プロ野球日本一を祝う所沢駅西口広場。午前11時にセレモニーが行なわれる西口は、人、人、人で埋めつくされている。3台のスカイバス、白いオープンカー、警備車。ハンドマイクをもつ案内係、たくさんの警備員。所沢駅でこんな人だかりをみたのは初めてだ。

 埼玉西武ライオンズの本拠地・所沢で、優勝パレードをがついに実現した。身動きもできない広場で、優勝パレード実行委員長の当麻よし子所沢市長、上田清司埼玉県知事、渡辺久信監督が「優勝の喜びをわかちあいましょう」とファンにあいさつ。この日集まったファンは主催者発表で7万人。

 ぼくはパレードのあった23日午前9時過ぎ、パレードのゴール地・元町交差点から所沢駅西口までの1.2kmを歩いてみた。9時から交通止めの沿道両脇には警備のパイプ柵がおかれている。熱烈なファンは、すでに場所取りをしている。事故、大混乱を心配してか、すごい警備員が配置されている。警察官だけでも600人という。

 所沢駅西口につくと、すでにファンで人の波。駅改札口には「立ち止まらずお進み下さい」とプラカード、またハンドマイクでファンを誘導している。ファンは少しでも好きな選手の顔をみたい。セレモニーが始まる頃は、もうすごい人だ。ぼくはセレモニー終了前にプロペ通りをとおって、パレードが通過する沿道にむかった。ここも両側は、いつパレードがくるかと人だかり。

 超高層マンションの林立する銀座商店街にパレードがやってきた。先頭のオープンカーには上田知事、当麻市長、さらに渡辺監督、後藤オーナー、3台の屋根なしの2階建てのバスから選手、コーチらが手をふっている。

 沿道のファンは、「優勝おめでとう!」「ありがとう!」と大声援。好きな選手をみつけた若い女性は、手をふって「○○さん!」と黄色い声で応援。肩車された子どももうれしそうに声援。沿道は西武ライオンズの優勝を祝う大群衆だ。

 パレードはゆっくり進む。人波で、沿道のおっかけはむつかしい。なにしろ地元でのパレードは初めてだ。もう一度、選手を身近にみたい、そんな心理もある。旧町の裏通りをよく知っているファンは横丁を走っている。ぼくも好奇心が強い。遠回りだが後についていった。ゴール地点は人で一杯だ。ここでも多くの人がカメラのシャッターを押していた。

 1時間ばかりの埼玉西武ライオンズの優勝パレードは終わった。これから西武ドームのファンの集いにも参加する若い青年は、「初めてパレードをみて感動した。うれしかった」と語る。短時間だったが、地元・所沢で多くの人に感動と喜びをあたえたパレード。

 終了後、ゴール地点にある市街地活性化拠点施設の町造商店(通称まちぞう)には、多くのファンが入っていた。所沢とともに歩んできた「西武ライオンズ30周年記念展」(12月3日まで)を見学している。

 ぼくは近くの喫茶店に入った。警備の柵もはずされ、ごみひとつない通りは、いつものとおりの街の風景に戻っていた。

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2008年11月22日 (土)

市長タウンミーティング

 当麻よし子所沢市長が市内の各地区を訪れ、市民と直接対話する「あったかタウンミーティング・ふれあいトーク」が、11月22日、地元の山口公民館ホールでひらかれた。会場のホールは満席だ。

 前回のタウンミーティングは、「団塊の世代と地域コミュニティ」というテーマで、富岡公民館でひらかれている。今回はとくにテーマはなく、地域の問題等をかたりあう、とのことであった。

 あいさつのなかで、市長は「市民と一緒につくりあげていく協働の市政をめざしている。さまざまなご意見があると思うが、よりベターな選択はなにかを考え着地点をみいだしていきたい。これからは市民と双方向の市政が必要だ。高齢化率も年々あがり、財政もきびしくなっている。みなさんとこれからの所沢のあるべき姿を求めていきたい」

 さっそく地域の身近な意見、質問等に入った。 Aさん「椿峰に住んでいるが、木を切りたい人、そうでない人もいる。やっかいな件だが、どう考えるか」。市長「相談があれば、現地にいって現状を把握するが、まずは地域の住民同士で調整してほしい。なお私のマニフェストには、個人市民税の1%を財源に緑の保全にあてたいと書いている」

 Bさん「民謡を習っているが、いまの公民館は高齢化で坂をのぼるのがしんどい。民俗資料館のある旧公民館の2階は使えないか」。市長「2階は現在、団体説明会や資料館の作業場に使用しているのでむつかしいかな、と思う。今後は公の施設を限定しないで有効活用する方法を検討したい」

 Cさん「市立保育園の民営化の動きに親は不安をもっている。どう考えているのか」。市長「現在、市立は19園、公設民営は1園、私立は24園あるが、昭和57年以降、市立は1園もつくっていない。財政面もあるが、良好な保育、民間でも大丈夫などの判断の理由がある。平成23年度から3園の民営化を予定している。来年度は、こども未来部をつくり、きめこまかな子育て支援をしていきたい」

 Dさん「市は廃プラスチックの焼却の方針を検討しているが、健康被害がでると困る。再考してもらえないか」。市長「昨年、審議会から廃プラ類の焼却の答申をいただいた。今年、東部クリーンセンターがある地元の5団体に説明している。実証試験をして方向性を定めていきたい」

 以上が主な質問の概略だ。その他、学童クラブの公募のあり方、ミニ開発のごみ集積所問題、西所沢駅西口改札の開設、交通問題などの質問・意見がだされた。住民のナマの声を市長が直接聞き、それを市政運営に反映していく「タウンミーティング」は、当麻市長がはじめてだ。12月20日には新所沢公民館で「ボランティア」をテーマにするという。

 市長タウンミーティングは、市長自身が住民の声に耳をかたむけ、市長の考えをのべる場だ。限られた時間なので、質問する方も説明する市長も十分意をつくせないかもしれない。だが、市長に直接聞けるタウンミーティングは、これからの協働のまちづくりには欠かせないものになる、と思う。他市ではどのようなタウンミーティングが行なわれているのだろうか。

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2008年11月20日 (木)

自治基本条例への期待

 「グランドデザインはビジョンとロマンと銭勘定です」「若い人にいかに所沢にきてもらうか。駅に保育所をつくってはどうか」「誰にでもわかる予算書・決算書をつくるべきではないか。情報の提供は市民の共有までいたっていない」

 「所沢在住のアニメ監督・宮崎駿、所沢出身のタレント・所ジョージなど活用してはどうか」など、パワーポイントをつかって熱心に発表する加曾利さん。

 先日、市役所8階大会議室でひらかれた「私たちが求める所沢市の自治ーまちづくり基本条例への期待」でのひとこまだ。会場には顔なじみの所沢市民大学の人が何人もいた。いま所沢市は、(仮称)まちづくり基本条例にむけて、昨年から各地で講演会や勉強会をひらいている。市役所での「基本条例への期待」もそのひとつ。

 まちづくり基本条例(自治基本条例)は、自治体の憲法ともいわれる。当日は、当麻よし子市長のあいさつの後、模擬ワークショップで選ばれた市民の発表、パネルディスカション、参加者との意見交換が活発におこなわれた。

 パネルディスカションは、コーディネーターの法政大学の廣瀬克哉先生(所沢在住)、そして5人のパネリスト。パネリストはすでに自治基本条例を制定した豊島区役所の担当職員をのぞいて全員市内在住者だ。

 勉強会参加者のSさんは、「所沢在住34年だが、いままで市政に関心がなかった。最初、建物の街づくりと思っていた。最近、やっとイメージがわいてきた。具体的なものはまだ見えないが、他人まかせでなく、自分自身の問題として考えれば盛り上がるのではないか」

 同じく勉強会参加者の若いSさんは、「所沢にきてまだ一年半。市役所のホームページをみて基本条例の勉強会を知った。まちづくりとはなんなのか、少しでも関心をもって、同世代に発信できればと思う」など、新鮮な感覚をもっての発言は率直でうれしい。

 2年前に自治基本条例を施行している豊島区役所のYさん。「40人公募したが、どうしても行政がしきってしまうので、行政が誘導しないように努めた。最初は議論がすすまなかったが、議論も顔をあわせるなかで、あゆみよって変わってきた。絵に描いた条例ではなく、魂をいれる、使っていく条例にしたい」と発言。

 準備検討懇話会のSさんは、「条例が本当に必要だというプロセスが大きなテーマではないか。あわてず、プロセス自体が自分たちでまちをつくっていくんだという共有が大事ではないか」と投げかけた。

 休憩をはさんで、シンポジュウムはつづく。会場からもたくさんの質問・意見・要望もだされた。勉強会を重ねていくにつれ、所沢市のまちづくりを考える市民は増えている。ぼくもできるだけ参加して、わが「まちの憲法」を考えていきたい。「子どもたちが自分たちのまちを自慢する」(Sパネリスト)ようなまちにしたいものだ。

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2008年11月15日 (土)

富岡製糸場へ移動学習

 毎回楽しみにしているNHKの大河ドラマ「篤姫」の放映もあとわずかだ。260年余つづいた徳川家の江戸幕府は崩壊寸前。

 年表をみると、1868年4月、討幕軍が江戸入城。そして7月には江戸を東京と改称。大奥のあった江戸城は皇居になっている。明治の始まりだ。大奥を去った篤姫は、1883(明治16)年、東京・千駄ヶ谷の徳川宗家邸で、48歳で亡くなっている。

 小春日和の11月13日、所沢市民大学の移動学習が二つに分かれて開催された。Aコースは、群馬県の富岡製糸場。ぼくはこのAコースに参加した。

 Bコースは所沢市内の三富開拓地。ちなみに三富新田は、300年余前の元禄時代に開墾された一戸あたり面積5町歩の宅地・耕作地・山林と整然とした地割になっている。いまもこの地で農業が営まれている。

 ぼくは富岡製糸場の見学ははじめてだ。江戸幕府が崩壊して明治新政府がつくられた。篤姫がいる江戸城、最後の将軍・徳川慶喜、ちょんまげ姿から数年後の1872(明治5)年、日本の近代化のためにと官営富岡製糸場がつくられている。正面からみる3階建ての木骨レンガ造り。屋根は瓦だが西洋風の立派な建物だ。

 当時、この外観、建物内の近代的な機械設備をを見た人は驚いたにちがいない。ぼくは「ざんぎりあたまを叩いてみれば文明開化の音がする」を思い出した。

 明治新政府の「富国強兵・殖産興業」の一つが富岡製糸場だ。この製糸場は1893(明治26)年、三井家に払い下げになっている。当時の輸出品は生糸。そのため近代的な製糸場での生糸の品質向上、生産向上、技術者育成が目的だったという。

 生糸といえば、ぼくが子どもの頃、家でカイコを飼ってマユをつくっていた。早朝の桑摘みも子どもの仕事であった。1970年代の初頭、つれあいが所沢に来た頃、彼女は養蚕の手伝いをした経験がある。カイコは現金収入があるので、「お蚕」と呼んでいた。ご存じのように、マユから糸をつくるのが製糸業。シルクは天然繊維だが、いつのまにか市内の養蚕農家も消えてしまっている。

 この官営富岡製糸場、「女工哀史」をイメージしがちだが、初期には旧士族の娘が工女になるなど、その後の過酷な労働、貧困に苦しむ紡績・織物女工とはちがうようだ。

 広い敷地内には、長さ140mもある繰糸場。繰糸器がずらっと並んでいる。明治5年から1987(昭和62)年まで、この建物で115年間生糸を生産している。またフランス人技術者ブリューナの住宅もある。当時のお雇い外国人の給料は飛び上がるほどの高給だったのだろう。300坪もあるレンガづくりの平屋建ての住宅がある。その後、この家は工女の夜学校にもなっている。

 この富岡製糸場は、明治政府がつくった官営工場のなかでは、主要建物がほぼ完全に残っている。そのため地元では、いま「富岡製糸場と絹産業遺産群」としてユネスコの世界遺産に登録する活動をしている。

 参加者は、国指定重要文化財の一之宮貫前神社、妙義神社にも立ち寄った。いずれも6世紀頃創建の由緒ある神社だが、明治初年の神仏分離令・廃仏きしゃく運動で、寺院・仏像が破壊されている。宝物殿には顔が破壊された仏像があった。まさに明治維新は歴史の大きなうねりのなかにあったといえよう。大河ドラマ「篤姫」の最終はどんなストリーになるのだろうか。

 所沢市民大学は、バスのなかも移動学習。これからの所沢はどうあるべきか、「市長の責務と役割」を発表する熱心なK企画委員もいた。明治維新を担ったのは若者、いまはシニア世代が向学心に燃えている。「ビジョン」と「ロマン」と「銭勘定」をグランドデザインに描くKさんの情熱に脱帽だ。

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2008年11月11日 (火)

日本一優勝パレードへ

 「やった! やった」と、9日夜の日本シリーズ第7戦をテレビで観戦していたつれあいは、テレビの前で何回も拍手。埼玉西武ライオンズが巨人に3対2で制して、ついにプロ野球日本一になった。

 二人とも、ハラハラドキドキしながら日本シリーズの行方を注視していた。よほどうれしいのか、テレビの前でつれあいの大きな拍手なんてあまりみたことがない。

 この日は、つれあいは朝から歩け歩け大会、所沢市健康まつりなどに参加している。ぼくは夕方から所沢高校サッカー部創立40周年記念パーティに出席。母校・所沢高校同窓会長として、サッカー部創立40周年のお祝いをのべた。ぼくが高校生のときには、まだサッカー部はなかった。さすがサッカー部の先輩・後輩とも若い。うらやましい関係だ。

 帰りぎわの所沢駅西口。改札口近くにおかれた大型テレビの前は人だかりで、試合に一喜一憂。2対0で西武が負けている。ぼくは急いで帰宅した。ついに西武が4年ぶり日本一になった。つれあいは、明日は優勝パレード実行委員会がある、とうれしそうにいう。

 この埼玉西武ライオンズ優勝パレード実行委員会は、所沢市、所沢商工会議所、市自治連合会、各商店街など29団体で構成されている。西武ドームがある地元として、日本シリーズで西武ライオンズが優勝したら、ぜひ地元・所沢市でパレードをとの声があり、11月4日準備会を立ち上げていた。

 優勝パレードは、11月23日(日)午前11時から所沢駅西口広場で、渡辺久信監督の優勝報告や選手代表あいさつ、実行委員長の当麻よし子市長の祝辞などがある。その後、パレード専用車でファルマン通りを経て旧市役所まで約1.2kmをパレードする。訪れるファンは5-6万規模を想定しているという。

 パレードには警備を含め約3000万円の費用が必要とのこと。優勝パレード実行委員会では、個人や企業・団体からの協賛金、寄付金などでまかなうという。問い合わせは、実行委員会(04-2998-9430)へ。

 西武ライオンズは今年球団創設30周年。ライオンズの本拠地は所沢市。わが家の息子たちも小学生の頃、ライオンズの帽子をかぶっていた。いま、地域密着型の球団として、今年から「埼玉西武ライオンズ」になっている。この間、9回の日本一に輝いた。だがパレードは地元では初めてだ。

 優勝パレードは、子どもたちの夢をはぐくみ、所沢の名前を全国にアピールする絶好のチャンス。暗いニュースが多い中で、埼玉西武ライオンズのプロ野球日本一は、明るいうれしい出来事だ。西武ドームだけでなく、多くの人にわが所沢市の街並みもみていただきたい、と思う。

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2008年11月 2日 (日)

きずな強める地区文化祭

 つれあいの当麻よし子は、今日も朝8時開会の市長杯争奪親睦野球大会(航空公園野球場)出席から市内各地でひらかれている文化祭などにでかけている。

 ぼくの住む山口地区の文化祭は今年50回記念になる。半世紀にわたって地域文化の発展に貢献している記念すべき文化祭ということで、11月1日から3日間連続おこなわれている。昨日は、その記念式典が山口公民館でひらかれた。第一部の市長祝辞などの式後、第二部では、山口岩崎地区に伝わる所沢市無形民俗文化財「岩崎ささら獅子舞」が特別に披露された。

 この獅子舞の歴史は古い。慶長19年(1614年)の大坂冬の陣で、戦功をたてた地頭、宇佐美助右衛門が京都で獅子頭面を求め、村の若者たちに稽古をさせたという。毎年10月に岩崎・瑞岩寺の境内で、笛、棒使い、山伏、ささらっ子、蝿追い、獅子が舞を演じている。今年もぼくは見学している。

 公民館の中庭では、伝統の獅子舞をみようと多くの見物人が囲んでいる。いま山口地区の人口は約3万人。瑞岩寺では毎年恒例だが、初めて獅子舞をみる新住民も多い。

 もともと獅子舞は、山口岩崎に永住する家の長男にのみ引き継がれてきたいうが、いまは近くの泉小学校の児童たちが協力している。伝統文化のひとつだが、後継者問題、財政難と悩みはつきない。わらじ一足が800円もするという。

 会場の外は、バザー用品、地元産の野菜、焼きだんご、まんじゅう、焼きそば、たくあん漬、花などが売られていてにぎやかだ。会場内には、丹精こめた菊展示、愛好家のビデオ上映、インターネット体験、健康チェックコーナー、和室ではお茶会などがある。ホールでは、サークルで鍛えたカラオケ、舞踊、太極拳などの芸能発表会がつづいている。

 体育室では、俳句、書道、油絵、水墨画、パッチワーク、自然環境活動、編み物、小中学生の作品も展示されている。作品展示にしても、ぼくの身近な知人の作品が多い。ふだん忙しそうにしている人が、「へぇー、すごい趣味」と感心する作品を展示している。それにくらべ、わが身はどうなんだと自問するしかない。

 庭で高齢者と子どもたちが遊んでいる。「昔あそびコーナー」だ。コマまわし、ベーゴマなどがある。ぼくはなつかしいベーゴマに挑戦してみた。

 子どもの頃、夢中になって友達と遊んだ経験がある。だがいま、ベーゴマのひもの結び方がわからない。何回かさわっていると思い出した。「昔のベーゴマは相手を負かすために、もっとやすりで低くしていた」などと話しながら、まわしてみる。いや、われながら実になつかしい遊びだ。 

 たくさんの地域住民が集う地区文化祭。地域のコミュニケーションが薄らいでいる現代、地域のきずなを強める文化祭のもつ意義は大きい。

 わが家の近くに椿峰ニュータウンがある。この団地には「椿峰まちづくり協議会」がある。お年寄りや身体の不自由な人たちのために、スーパーへの「買い物定期便」、また「お助けマン」が支えている。こんなすてきな活動コーナーもあった。自分たちで地域をよくしていこう、という動きもこれから広がるにちがいない。

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