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2008年10月

2008年10月28日 (火)

ぼくは女性市長の雑用係

 先日のこと、朝起きると左首が痛い。痛くて簡単に起き上がれない。歩くときは、首をさすりながらのなさけない状態だ。つれあいは、全国都市問題会議で新潟市にでかけている。いったい何が起きたのだろう。

 心配で、書棚にある「家庭の医学百科」をみると、どうも寝違えらしい。「急性の頸痛で、就寝中の頸部の不良姿勢によって起こる一種のねんざ。症状は一時的で数日もすれば自然と治る」とある。こうなれば寝るしかない。二日間は実によく寝た。この痛み、数日して自然と治ってしまった。

 さて、つれあいの当麻よし子が所沢市長に就任したのは、昨年の10月30日。もうすぐ就任一周年になる。ぼくは前日の29日、四期目途中で所沢市議会議員を辞職している。その理由は、「二元代表制のなかで、同じ屋根のもとでくらす市長と議員はなじまない」と判断したからだ。ぼくはこれで少しはのんびりできるかな、と考えたが、そうは問屋が卸さない。

 まずは主夫としの家事がある。朝のごみだし、庭や家の掃除、洗濯、炊事。これらはあまり苦にならない。何十年もやってきている。またわが家は30年前から、生活クラブ生協で食料などを計画購入している。足りない場合は、必要な物をメモして、マイバックで近くのスーパーに買い物にでかける。したがって、ぼくの買い物時間は短い。

 ぼくは議員は辞職したが、いまでも市民相談がある。現場に足をはこび、解決の努力もしている。また長年の政治活動までやめたわけではない。この一年間、ひまどころか、個人旅行にもいけない身になっている。

 それにしても、市長職は忙しい。毎日、公務日程がぎっしり入っている。朝8時頃家をでて、夜遅く帰宅する毎日だ。昨日はめずらしく早く帰宅したが、土曜・日曜もない。ご近所の人が「からだに気をつけてね」と心配するぐらいだ。忙しさは、議員時代と比較にならないほど質量とも大きなちがいがある。なんといっても、34万市民のトップリーダーとしての責任がある。庁内会議、来客、さまざまなイベント出席などのほかに、きびしい財政状況での自治体経営も頭を悩ましているにちがいない。

 ぼくが感心なのは、帰宅したとたん彼女から「疲れた!」ということばがでないことだ。その代わり一日の疲れをいやす350mlのビールがあれば幸せという顔になる。夜は料亭→高級ホテルのバーで過ごす麻生首相とはおおちがいだ。

 日本の女性市町村長は現在16人いるという。残念ながら、首長の1%にもならない数だ。欧米とくらべ女性首長は圧倒的に少ない。わが家に、その一人がいる。まだまだ少ない女性市長だが、多忙な公務に専念できるように、ぼくはいま雑用係に徹している。

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2008年10月17日 (金)

ニューカマーの住む都市

 今年はブラジル移住100周年にあたる。日本から船にのって遠いブラジルに移住した子孫は、現在140万人の日系社会を築いているという。その子孫が日本に仕事をもとめてたくさんきている。最近、ニューカマーと呼ばれるブラジル人、フィリピン人、ペルー人など、街でみかけることが多い。

 南米日系人を中心に多数の外国人住民が住む自治体で構成している「外国人集住都市会議」というのがある。ちなみに日本に住む外国人登録者は215万人、総人口の1.7%を占める。ぼくの住む所沢市の人口は34万人、外国人は4000千人、比率は1.2%だ(くわしくは6月29日のブログ参照)。所沢市の場合は全国比率より低い。

 10月15日、外国人集住都市会議が東京・海運クラブでひらかれた。テーマは「多文化共生社会をめざして」である。この都市会議は、ニューカマーが多数居住する26都市がメンバーになっている。

 地域的にみると、群馬・静岡、長野・愛知、岐阜・三重・滋賀の各ブロックに多い。外国人比率の高いのは群馬県大泉町(人口4万人余)で、なんと16%が外国人だ。ぼくは訪ねたことはないが、すごい人数だ。その他の都市でも4-6%が多い。

 自治体の悩みは深刻だ。「外国人も教育をうける権利がある。子どもたちは母国語も日本語も不習得。学校は私塾扱いで教育費に年間1億円も使っている。国の財政的援助と外国人学校の法的位置づけを」(静岡県浜松市長)。「市単独で正規の日本語を教える体制は不備にならざるをえない。頭を痛めている」(三重県四日市市長)。

 大人の日本語教育も同様だ。「一ヶ月で約100人の移動がある。そのため行政手続きが煩雑で苦慮している。彼らは日本語を使わずとも生活できる。中途半端な日本語だ。日本語を教える人材システムを」(岐阜県大垣市長)。「ことば、習慣、病院などは今日、明日の問題。日本語教育の基金の創設を」(愛知県西尾市長)。「仕事が忙しいなかで、日本語をまなぶ動機づけをして欲しい。母国で日本語をまなぶ機会をつくるべきではないか」(愛知県小牧市長)。

 この会議には、総務省、法務省、外務省、文部科学省、厚生労働省の官僚が出席している。各自治体首長の切実な要望などに対して、どうも歯切れが悪い。増大するニューカマーに対する国の具体的なとりくみができていないからだ。

 請負・派遣労働で働く外国人の問題・課題も大きい。社会保険未加入者が病院にかかった場合、市の負担も大きい。「未加入だからといって診療拒否はできない。国の責務を果たして欲しい」(滋賀県湖南市長)という声もでた。さらに外国人登録制度の問題。いまの制度では、自治体は正確な外国人情報がつかめない。

 「国は平成21年度に新たな外国人台帳制度を提案するというが、いつからか。市町村間の情報伝達の電子化にはコストがかかる。補助は?」(静岡県菊川市長)と省庁に問いつめる場面もあった。だが法が成立しても、実施までは三年程度はかかるという。

 「台帳制度にしても、国のスピード感がない。成田空港に、ある家族が到着し、大泉町にやってくる。仕事も住居もない。子どもをなんとかして下さい、というのが実態だ。ある程度のフォローは町でやらざるをえない。われわれの苦労を知って欲しい」(群馬県大泉町長)。

 現場をあずかる首長の苦労が伝わってくる発言だ。ぼくは会議を聞いていて、多文化共生をめざす自治体と国のとりくみとのギャップは大きすぎると感じた。

 移民1000万人という議論もあるなかで、国の外国人政策のとりくみがあまりにも現場とかけ離れている、というのがぼくの印象だ。みなさんは、毎年ふえつづける外国人をどうみているだろうか。

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2008年10月13日 (月)

ほほえましい祭り光景

 秋は祭りのシーズンでもある。3連休中、市内山口では、伝統の岩崎ささら獅子舞、中氷川神社の例大祭もあった。10月12日には所沢最大のイベント「ところざわまつり」が開催された。ぼくは毎年、この祭りに参加しているが、今回ほどたっぷり堪能したことはない。

 この祭りに、つれあいの市長が祭り用の浴衣と羽織を用意していると、以前、中心市街地活性化拠点・町造商店(まちぞう)のSさんから聞いてはいた。本部会場につくと、まつり姿に変身した女性市長がいる。ぼくは草履をはき、浴衣姿のつれあいをみるのは初めてだ。

 祭り会場は、金山町交差点から所沢駅西口まで車両通行止にした大通り。林立する超高層マンションと昔ながらの商店街が混在している旧町は、ふだん人の流れは少ない。しかし、この日は別だ。人、人、人にうめつくされている。昨年の人出は約30万人余といわれたが、今年は天候にめぐまれ、さらに数万人多いとみた。

 大通りの両側には屋台が並び、やきとりの匂いもただよっている。保育園児、小・中学生の鼓笛隊・バトンなどがにぎやかに音をならす。大勢の民謡流し、この列には市長や姉妹都市の韓国・アニャン市の代表団も楽しそうに参加している。角地では山車が出番をまっている。明治時代の山車もあれば、最近つくったものまで総勢10基。これをみるだけでもあきない。友人と屋台で買ったビール、やきそば、たこ焼きなどを食べて再び見学。

 この祭りで印象にのこった光景が二つあった。お神輿に乗った旗振り役の子ども。上手にリズムをとる子もいる。だが、おっかなびっくりの子がいた。ワッショイ、ワッショイとゆれる神輿に乗らされたのか、足がふらふらで立てない。大人に足を支えられながら、いまにも泣きそうな顔だ。まわりの観客もつい笑い顔になる。なんともほほえましい光景だ。

 もうひとつ。やはり同じような光景だ。囃子連にあわせて、狐装束の二人の子ども。一人は小学生低学年か、お囃子にあわせて巧みに踊る。もう一人の子は三歳ぐらいか。足はやっと動くが手まで動かない。時たま、面をはずして観客をみてしまう。お神輿の泣きそうな子も、狐の面をはずしてしまう子も、いずれ数年でうまくなるだろう。

 奇抜な衣装のサンバカーニバル、各町内会の山車ひきまわし、祭りは一段と盛り上がっている。通りは祭りを楽しむ市内外の人たちで一杯だ。所沢駅西口のロータリーではジャズ・コンサートが行なわれている。この「ところざわまつり」は、かつての商工まつり。さらに10月25-26日には、市民フェスティバルが広大な航空記念公園でひらかれる。これも秋の楽しみのひとつだ。

※所沢市長「当麻よし子」のホームページでは、ただいま「所沢のまつりといえば」のアンケートを実施しています。あなたもクリックして投票しませんか。

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2008年10月10日 (金)

討論・わがまちの憲法

 10月9日、所沢市民大学の特別講座「所沢市のまちづくり基本条例(自治基本条例)を考える」の講演とパネル・ディスカッションがひらかれた。

 自治基本条例は、「まちの憲法」といわれる。自分たちのまちを一番よく知っているのは、そこで生活している市民。福祉、教育、医療、環境、道路、下水道など、具体的な問題点・課題を指摘できるのは、市役所、議会、市民だ。

 日本は長い間、中央政府と地方政府の関係は、上下・主従関係にあった。権限も財源も中央政府にしっかり握られて、こんなまちにしたいといっても、全国画一の法規制や細かい通達でしばられ、おもうようなまちづくりがむずかしかった。この関係をなくそうとしたのが、地方分権への動きといえよう。2000年4月の地方分権一括法施行もそのひとつだ。

 第一部講演の講師は、所沢在住の廣瀬克哉先生(法政大学)。16期市民大学では、すでに先生から2回「地方自治」の講義をうけている。今回の特別講座は、15期生、また修了生も参加している。

 廣瀬先生は、2000年12月、全国初の自治基本条例をつくった北海道・ニセコ町の事例を紹介しながら、「現在まで約100の自治体が制定している。代表制民主主義をより生かしていくのが自治基本条例。自分で責任を負い、自分の頭で自治体運営を考えることが、まちへの愛着につながるのではないか」と問題提起をおこなった。

 第二部のパネル・ディスカションのパネリストは、東京・三鷹市で基本条例策定にかかわった西尾隆先生(国際基督教大)、市内NPOの神武恭子さん、市議会議員の中村太さん、市政策企画課の坂本博典さんの4人。それぞれが持ち味をいかしての報告があった。

 ぼくの興味のあったお話。西尾先生「地方政府の基本法をつくる稀有な機会にめぐまれた。基本条例にまちの"らしさ"を書くのはむずかしい。みんな意地でもつくろうとなった」。2006年4月施行で、なにが変わったのかとの問いに、「それがむずかしいんです(笑い)。ただ新人職員が条例遵守の宣誓、条例等の整備・見直し、市民は条例があるなら使おうという意識になる、議会では議員の質問に使われるなどがあります」。

 自治基本条例は、つくったから何かすぐ変わるというものではない。なにしろ「まちの憲法」(最高規範性)だ。「こんなまちにしたいね。つくる実感をもちたい」(神武さん)。「二元代表制のひとつ、議員個人ではなく議会として動きたい」(中村さん)。「市民になじみがないので、もっとPRしたい」(坂本さん)。

 会場からも多くの質問がでた。最後にコーディネーターの廣瀬先生は「まだまだ入り口の段階。議論の場をどうつくるか。条例づくりの場で展開しよう。市民が納得できる場をつくっていこうではないか」と、参加者によびかけた。

 所沢市は、(仮称)まちづくり基本条例制定にむけて、すでに9回の講演会、27回の各地区での勉強会を実施している。会場から「勉強会の市民参加が少ないではないか」という声もあったが、「所沢の憲法」づくりに関心をもつ市民はふえている。今後の基本条例の策定過程で、「所沢らしさがどう反映されるか」が、ポイントになりそうだ。

 

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2008年10月 6日 (月)

格差社会を説く森永先生

 10月5日、所沢市、入間市、狭山市、飯能市の4市で構成する埼玉県西部地域まちづくり協議会(通称ダイアプラン)20周年記念のつどいが、多くの市民が参加して、所沢市のミューズでひらかれた。ちなみに4市の人口は、約73万人。

 この4市は、市立図書館の相互利用、公の施設の相互利用、防犯相互協定、健康ウォーキング大会、講演会の開催など、交流や連携をつづけてきた。以前、ぼくが市議会にいたとき、4市の政令都市にむけての質問をした議員もいたが、いまはそのような話は聞かない。

 つどいは、会長の当麻よし子所沢市長のあいさつ、4市の市民が応募した写真、川柳の表彰の後、記念講演があった。

 講師は、所沢在住22年になる森永卓郎先生。「ビートたけしのTVタックル」「がっちりマンデー」など、テレビやラジオでおなじみの先生。プログラムをみると「経済学から見たダイア圏域ー地域魅力アップの知恵くらべ」。いかにも役所らしいかたいテーマではないか。でも参加者は、ハマコーにやらればっなしの顔を思い描くにちがいない。さすがマスコミに多く出演している講師だ。身近なテレビの出演料からはじまった。

 先生はいう。「いま世の中とんでもない危機にある」と、原油高、穀物高、サブプライム問題、米証券会社破綻などを例にあげた。ガソリンが値上げしているが、30年前産油国(OPEC)は、石油は枯渇するといっていたが、まだまだある。原価1バーレル3ドルだったのが、投機の対象にしている。OPECの歴史は、うらぎりの歴史だ、と。

 トウモロコシから燃料をつくるという。転作して笑いがとまらない米穀倉地帯の農家がいる。このような農家や国際石油資本をブッシュ大統領は支援してきた。サブプライム問題もしかり。アメリカで痛んでいる人、そうでない人がある。ローンが返済できない家に保安官がきて追い出す。追い出されるのは有色人種だ。

 小泉さんも市場原理をすすめた。日本政府はアメリカ病にかかっている。勝ち組といわれる人たちがいる。この人たちはどんなくらしをしていますか? とおもしろおかしく説明する。

 なかなかダイア圏域のお話がでてこない。このへんは空気はうまい、物価もやすい。都会いなか政策のくらしがいい。やさしさや思いやりは数値化できない。心のふれあいが大事ではないか、と。

 概略、こんななかみが先生のお話だ。会場からしばしば笑い声が起きる。さすが多くのメディアに出演しているタレント先生。格差社会をわかりやすく説明された。

  いずれにしても、隣近所のつきあいが少なくなっている時代、隣接の4市がなかよく交流・連携できるのは相互の市民にとってはありがたい。

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2008年10月 3日 (金)

娘ヒュエンからの手紙

 いま国会は、解散・総選挙にむけて与野党の攻防が激しい。いつ解散・総選挙になるのか、目が離せない状況だ。安倍、福田、麻生首相と民意を反映していない政権がつづいている。一日も早く民意を問うのが「憲政の常道」ではないか、と思う。

 また、アメリカのリーマン・ブラザーズの破綻など、金融危機が世界に大きな影響をあたえている。これからの日本経済、世界経済がどう流れていくのかも目が離せない。

 さて、ベトナム北部に住む娘ヒュエンからひさしぶりに手紙が届いた。娘といっても、実の子ではない。ヒュエンはベトナムの少数民族のひとつムオン族出身。ぼくは彼女に三年間奨学金を支援してきた。今年の5月23日、ぼくは彼女の高校卒業式に参加している(くわしくは5月26日のプログ参照)。初めての対面だったが、素直でいい子だ。

 帰国後、ぼくは卒業式でとった写真を彼女に送っている。また手紙も添えている。ベトナムでは、卒業式の後に卒業試験がある。その結果がどうなったか知りたかった。だがなかなか返事がこない。以前、教育支援をしている仲間から、何回か手紙をだしたが、受け取っていないという例もあったと聞いていたので、それほど気にもせずいた。

 郵便受けにベトナムの大きな切手が6枚(1枚2000ドン)貼ってある手紙が届いた。ヒュエンからの手紙だ。ぎっしりと手書きのベトナム文字が書かれている。ヒュエンは手紙に書いている。

 「なかなか手紙が書けずお許し下さい。高校の卒業試験は合格したのですが、大学入試に失敗して、日本のお父さん、お母さんに手紙を書くことが怖くて申し訳ない気持ちで一杯です」「私の気持ちはとても不安定な状態です。失望したり、今後の方向が見えなくなっています。私の両親は来年にむけてがんばってほしい、とはげましてくれました」

 「私は学費や受験費用のために働こうと思っています。生活は単純ではなく、いろんな壁がありますが、それを乗り越えられるかどうか自信がありません」「人生経験豊かなお父さん、お母さんの大切な励ましのことばを下さい」と。

 娘ヒュエンは、「師範大学に入って、勉強したい。そしてふるさとに帰って、貧しい子どもたちに教えたい」という希望がある。ぼくは「くよくよしないでね。目標にむかって最善をつくしなさい」と返事をだした。

  少数民族のヒュエンの家は貧しい。だが、自らの力で生きる道を探すしかない。多感な娘の手紙をみて、最善をつくしなさい、としかいいようがない。彼女がどこまでたくましく生きるか、遠い日本で、そっと見守るしかない。

 

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