旧町の歴史探訪Bコース
中央公民館主催の「所沢・旧町の歴史探訪」には、AコースとBコースの二つがある。前回ぼくはAコースに参加し、新たな発見をいくつも経験した。地元生まれでないボランティアガイドが、所沢・旧町の歴史をまなび、参加者に昔の旧町の歴史をガイドしている。Aコースだけでは片手落ちになると思い、先日Bコースにも参加した。
Bコースは、明治天皇行在所→山田屋横丁→若葉横丁→坂稲荷神社→引又道→川端霊園→庚申堂→旭橋→鳥居橋→盃横丁→秋田新道(井筒屋)→うら町→薬王寺になっている。ぼくは所沢・山口生まれだが、このルートはよく知っていると自負していた。何回も歩いたり、バイクで通過している。だが、今回もガイドさんの説明で、新たな発見はいくつもあった。
集合場所の旧庁舎で、まずガイドさんから簡単な旧町の歴史の説明を受けて、参加者11人で出発。ぼくが若い頃、旧町の街並みは、蔵づくりの商店が多くあり、通行人も多かった。いまや高層のマンションが建ち並び、昔の面影はほとんど見られない。今回のBコースは、その中心街にあった所のぶらり散歩、歴史探訪だ。
「ここは元デパート・山田屋がありにぎわっていた」といわれても、いまは高層マンションになり、その跡形もない。そのためガイドさんは、当時の写真をかかげて説明する。参加者は、旧町の変貌ぶりに驚くしかない。
旧町を歩いていると、お囃子の音が聞こえる。街並みの変貌に驚きながら、ぼくはお囃子の音に郷愁を感じる。10月12日の日曜日、何十万という市民が楽しむ「ところざわまつり」がひらかれる。そのムードをかきたてるお囃子の音だ。各町内会が山車を引き回し、重松流のお囃子も演じられる。Bコースの川端霊園には、この重松流の元祖である古谷重松、また所沢が生んだ将棋名人福泉藤吉の墓(将棋盤に墓石)がある。
所沢は日本の航空発祥の地。かつての飛行場に通じる道がある。この通りは、飛行機新道と呼ばれている。途中、東川にかかる「旭橋」がある。
この橋は、しゃれたデザインだ。ガイドさんの説明で、この橋は埼玉県近代化遺産に登録されていると初めて知った。1930年(昭和5)に架けられた橋は、御影石を基調にアーチ状の欄干、両端の太い親柱がある。当初はこの親柱にブロンズ製の電灯があったが、戦時中供出のため、とりはずされてしまった、という。ボランティアグループでは、「参加者からなんとか電灯の復元ができないか」との声もあり、いま市役所に復元の要望をだしている、と語る。
かつて花街としてにぎわった建物の矢羽、路地裏の盃横丁の看板、江戸時代の旧道など新発見はたくさんあった。それにしても、旧町ボランティアガイドのみなさんの勉強ぶりに脱帽だ。
※この「旧町の歴史探訪」は、原則として、毎月第二・第四金曜日の午後1時から開催されている。くわしくは所沢市立中央公民館、04-2926-9355へ。
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